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緑豊かな東京都府中市に、ロシアレストランペーチカを開店して3年がたった。「ペーチカ」は、ロシア語で「暖炉」。あたたかい暖炉のまわりに人が集うように、この店に人が集まってほしいと願ってつけた店名だ。
開店1年でコロナ禍の影響をもろに受け、とても苦労したが、なんとか府中のロシア料理店として認められるところまで来たと思っている。それがここへきて、ウクライナ問題である。ウクライナ問題が発生してからは、他のロシア関係の店では、心無い嫌がらせも多かったようだ。幸い当店は、心ないネットの書き込みが少しと、おかしな電話が数回あったが、むしろ馴染みのお客様、数多くの友人・知人から心のこもった有難い励ましを受け、従業員一同、それらの励ましに報いるよう、日々サービスに努めている。
今回寄稿の機会をいただき、あらためて、この店にかける想いについて、書かせていただきたい。
店のイメージは「シベリアの森の中のログハウス」
日本にあるロシア料理店の多くは、高級レストラン風の重厚な内装で、それも、ロシア料理の敷居を高くしている一因ではないだろうか。
ロシアレストランペーチカは、明るい照明と木の温もりを大事にした。私が以前ロシアで訪れた、シベリアの奥深い森の中にあるログハウスのようなレストランをイメージして作りあげた空間である。喧騒な普段の生活から少し離れて、ホッと一息つけるような空間を目指した。
内装インテリアには、バイカル湖畔のイルクーツクから輸入した赤松をふんだんに使用した。開店当初は、木の香りのよさに驚かれるほどであったが、今はそれも落ち着いた。今後は、木の色が経年とともに変化していくのも、一つの楽しみである。
料理を待つ間、壁面の絵画やロシアに関する書籍、写真、雑貨などもお楽しみいただけることと思う。
ロシア駐在延べ24年のビジネスマンが、なぜレストランか?
私、前田は、1968年に初めてロシアに駐在した。それ以来、モスクワに3回、延べ12年間の駐在を経験。その後も、ソ連崩壊後のウラジオストクに住友商事の極東ロシア駐在代表として5年間、ソ連崩壊後のロシア人ビジネスマンの教育の為に外務省が
ロシアの各地に設立した日本センターのハバロフスク日本センター所長として7年間トータルで、延べ24年間にわたり、ロシア各地に駐在した。
神戸市外国語大学でロシア語を学んだ後、駐在以外でも、旧ソ連時代を含め、50年以上の間、ロシアの人たちと交流してきたことになる。
その間、常にロシア現地、特に極東ロシアの人々の日本に対する熱い思いに触れてきた。彼らが日本人である私を非常にあたたかく受け入れてくれたことに感激した経験が多々ある。
しかし、残念ながら、日本人一般のロシアやロシア人に対する認識は極めて薄く、
ネガティブな印象が抜けきれていない。私はそのことを、長年とても残念に思っていた。そこで、日本人とロシア人が互いを正しく理解し合うための交流の場として、このレストランを開店したのである。
ロシア人が客をもてなす時はいつも、心のこもった料理を、沢山、本当に食べ切れないくらい次々出してくれる。私自身も、兼ねてから「食文化」に関心がある。ロシア駐在中に自分で天ぷらや焼肉を作って仲間にふるまったり、 勤めていた事務所の食堂をロシア人シェフと共にリードしたりといった経験から、食を共にすることは、人と人との垣根を取り払うものだという実感を持っている。垣根が取り払われた状態でのコミュニケーションは、心の深いところでのつながりを生み、その後の人間関係をも円滑にしてくれると、私は確信している。
音楽をはじめとする、様々な文化交流も、食事と同様、人をつなぐものだろう。この店は先日 開店3周年を迎えたが、その間、日ロの枠を超えた文化交流の場として、絵画の展示やライブペイントショー、リサイタルなど、数々の文化交流的イベントを開催し、いずれも好評を得た。新たな人との出会いが、また新たな人へつながっていくということもあった。
食と文化を媒体として、この店が、そうした人間同士のつながりの生まれる場所になってほしいというのが、私の願いなのである。
~本場ロシアの味を再現するこだわりのメニュー~

開店後約1年間は、日本でのレストラン経験豊富なロシア人のシェフ夫妻に手ほどきを受け、「日本にある材料で本場のロシア料理を作る」という彼らのスタイルを
伝授してもらった。
当店こだわりのロシアンティーもその一例である。「ジャムを食べてから紅茶を飲む」というのがロシアの本式のようであるが、砂糖たっぷりのロシアのジャムに比べて、日本にあるジャムは甘さが足りない。また、果実も違うので、ロシアで味わうような味は望めない。そこで当店では、絶妙なバランスで作られた特製ソースを紅茶に混ぜた状態で提供している。体も心も元気になるような、豊かな香りと優しくさっぱりした甘さ、そして鮮やかなピンク色。五感を駆使して味わっていただきたい。
その他のメニューについても、ロシア人のお客様から「これはロシアより美味しい」「お母さんの味がする」との有難い言葉を頂戴することもあるが、ロシアの味を伝えるという点以外にも、工夫を凝らしている。例えば、本場の黒パンはレストランによっては、非常に硬くて酸っぱく、なかなか日本人には受け入れられにくい。また材料も手に入れるのはなかなか難しい。しかし、黒パンはロシア料理には必ず添えられる一品である。だからこそ誰にでも受け入れられるものでなければならない。そこで、材料の配合や焼き方など、研究を重ね、日本人にもロシア人にも美味しいと思ってもらえる黒パンを実現している。
ロシア料理といえば、ビーツを使った真っ赤なスープ、ボルシチを真っ先に思い浮かべる方が多いだろう。初めてロシア料理を口にした方が、「見た目から想像した味と違い、驚くほど、あっさりしていて優しい味」との感想をいただいている。余分な油を使わず、鶏肉のさっぱりしたスープと、野菜のコクが、何度でも食べたくなる味の秘訣だ。食べる輸血といわれるほど栄養価の高いビーツたっぷりで、そのおかげか、仕事の後ボルシチを食べている店のスタッフも、コロナ禍においてもみな、元気である。
また、チキンストロガノフもちょっと珍しいメニューだろうか。国産牛をつかった濃厚なビーフストロガノフはもちろんおすすめのメニューであるが、ささみで作る
チキンストロガノフは、あっさりしていながら、コクのあるソースで満足感もある。ストロガノフに添えられるそばの実も、体に良く、ロシア人は白飯の代わりによく
食べる。香ばしい味のそばの実は、彼らには無くてはならぬ大好物の一つである。

また、料理を食べながら、料理の歴史やロシアの生活を紹介したいと私は思っている。長年ロシアで生活してきた私だからこそ知っている、教科書には載っていないような、生活に密着した話を、折に触れお客様にお話しさせていただいている。
料理に関する話でいえば、ペリメニ(ロシア風水餃子)の話が面白い。ロシアの冬は寒く長いので、住宅の窓ガラスが二重になっていて、生の餃子を窓ガラスの間や、窓の外で凍らせて保存が出来る。そして、それを食べるときには熱いスープを準備し、それに凍らせたペリメニを入れて温めて食していた——など。
お酒の好きな人には、ロシアのお酒の飲み方も知ってもらいたい。ロシアでは、
まず熱いスープと肉などでおなかを満たしたうえで、出席者の健康や仕事の成功を
祈ってウォッカを一斉に一気に飲み干す。ワインの発祥地と言われるジョージアの
ワインも味わってほしい。美味しい料理に美味しいお酒。豊かなロシアの食文化を
楽しんでもらえたら、嬉しく思う。
これからの展望
コロナの状況も鑑みて、今後は、様々なイベントも徐々に再開しようとしている。
ギターの師匠と一緒に、ロシア民謡を歌う「ペーチカナイト」を定期的に開催してきたが、コロナ禍は、ディナー営業もなかなか厳しく、さらに歌のイベントは開催が
難しく、残念であった。
少しずつ制限が解除されていく中で、先日「ロシア民謡の夕べ」を企画し、私は民族衣装を着てロシア民謡を披露した。私どもの年代にとっては、ロシア民謡はどれも懐かしい音楽である。私はそれをロシア語で披露している。ロシア語の歌の意味など、僭越ながら少し解説もさせていただくと、喜んでいただけているようだ。言葉はわからないかもしれないが、ロシア語の響きの美しさも楽しんでいただきたいのである。
そして、近々、オペラ歌手天野加代子さんのディナーショーを開催する予定である。天野さんはモスクワ音楽院で修業し、ロシア各地のコンサートに出演して、艶やかな和服姿で美しいソプラノの声を響かせ聴衆を魅了している。ドイツ在住のロシア人オペラ歌手アレクセイ・コサレフ氏と、ロシア人ピアニスト、ユーリー・コジェバートフ氏との共演で、大変楽しみである。
時節柄、客席を各回定員10名として、ゆったりとした空間で食事と音楽を楽しんでいただけるように企画している。至近距離でオペラ歌手の歌を聴く、このような機会は、そう多くはないだろう。ぜひ、ロシア料理と一緒に楽しんでいただけたらと思う。

長々とお読みいただき、ありがとうございました。
皆様にも是非一度足をお運びいただきたい。精一杯、おもてなしさせていただきます。
ロシアレストランペーチカHP(制作中)https://pechka-bcj.com/
Instagram https://instagram.com/pechka_fuchu?igshid=YmMyMTA2M2Y=
Twitter @pechka_fuchu https://twitter.com/pechka_fuchu?s=20&t=xvxoS8jJFoDwH_v7xqI-_w
電話 042-368-8830
≪著者 前田 奉司(まえだ・としじ)氏経歴≫

1943年 大阪府生まれ
1966年神戸市外国語大学ロシア語学科卒業
相互貿易株式会社入社、モスクワ事務所勤務
1970年住友商事と合併後モスクワ事務所勤務
1970年8月住友商事鉄鋼原料本部勤務
1979年7月-1982年12月モスクワ事務所所長代理
1982年12月-1987年6月鉄鋼原料本部石炭部長付
1987年6月-1990年10月モスクワ事務所次長
担当業務:鉄鋼製品、鉄鋼原料、化学品、肥料、農水産、物資、繊維
1990年10月-1994年4月 鉄鋼原料本部石炭部長
四日市コールセンター取締役兼務:石炭ヤード経営
1994年4月-1998年11月 住友商事極東ロシア駐在代表としてウラジオストク勤務
1998年11月-2001年1月 業務部CIS担当部長:
日ロ経済委員会政策部会メンバー、経済産業省経済協力案件担当
日本貿易会会員
2001年1月-2007年3月:外務省外郭団体ハバロフスク日本センター所長
ソ連崩壊後のロシアの資本主義国への移行を支援、
若手ビジネスマンの教育、日本企業とのビジネスマッチング
を支援、ハバロフスク日本センター付属ビジネスマンクラブ設立
2007年~2018年3月:新潟県知事政策局国際ビジネス推進担当参与
(財)環日本海経済研究所(ERINA)特別研究員
2009年-2018年 新潟市テニス協会会長就任
極東ロシアテニス連盟と新潟県テニス協会、町田市野津田テニスクラブとの
間で毎年日本、ロシア交互にテニス交流会を実施
株式会社 「BUSINESS COORDINATION JAPAN」設立、代表に就任、ロシア連邦極東国際関係大学客員教授就任
2019年5月:ロシア料理レストラン 「ペーチカ」を府中市に開店